自らその気になれば、道は開ける
高橋 義明
  42歳の時、禁煙した。吸い始めたのが18歳だから、24年間8700日よく飽きずに吸い続けたものだ。禁煙した当時は1日30本、お酒が入ると1箱20本増えた。それがある日、突然ゼロになった。
 その朝目覚めた時は、まさか今日でタバコとおさらばなんて考えても見なかった。出勤し、朝の定例会議が始まった。「最近吸殻の入った灰皿を、机の引き出しに入れたまま帰宅する者がいる」と云う問題提起があり、打ち合わせ結果、「今後各人の机上に、灰皿を置くのは止めよう」、更に「喫煙タイムを決めよう」と言うことにした。
 会議後自席に戻ると、机上の灰皿が何かを訴えているようであったが、黙ってそれを洗い鞄にしまい込んだ。会議では、事の成り行きに従い喫煙タイム等を決めたものの、「タバコは誰にも左右されず、吸いたい時に吸うから美味しい。さあー吸って、はいタイムアップなんて、やってられるか・・・」というのが持論。それで灰皿には、鞄の中に静かに収まって頂いた。
 ところがそれからが大変。翌日からはポケットに入っていたタバコを大粒の仁丹に置き換え、イライラしたら甘酸っぱい仁丹を2〜3粒口に放り込む。1日30回それを繰り返えす。禁煙が成功するか否かは、止めてから3日、3週、3ヶ月が乗り切れるか否かだと云う方もいる。しかし半年過ぎても、無意識のうちにポケットのタバコを探している自分、あるいは「しまった、吸ってしまった」と思ったら夢の中で吸っていたり、そんな自分に情けなくなること度々。

 そんな積み重ねで早や18年近くになるが、止めてから今日まで一本も吸ってない。最近は喫煙者と嫌煙者の気持ちが、良く分るようになった。
 以前ボストン帰りの職場の先輩が、むこうではタバコを吸うのは肉体労働者だけだよと云う言葉に、何人かで「禁煙してみようか・・」ということになったが、3日と続かなかった。その後も何度か、友からの問いかけで試みたが続かない。 やはり、未だ他人事のうちは駄目。自らその気になれば、道は開けるようですね。
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