ふるさとの山と渓

遅塚 安男 
  深田久弥の日本百名山ブームに奏をなしてか近年熟年の山歩きが盛んである。私もその一人として低山ながらも趣きある茨城の山塊を私なりに10座挙げてみた。云うなれば茨城の10名山である。
 まず最初に標高の点では県内最高峰である
八溝山を挙げねばならない。車社会の現在では労せずして海抜1022米の山頂に立つことが出来る。汗水流して樹林の登山道をひたすらに登りやっとの思いで山頂に辿り着いたあの感激は今では味わう事は出来ないにしろ、さすがに一等三角点を有する山だけに展望に優れ遠く富士山をも望む事が出来ると云う。
 八溝山から久慈川の清流を南下すると周りの山々は急に峡まり新緑紅葉の頃には筆致に尽くせぬ彩りを見せる奥久慈渓流となる。その支流、湯沢の源流近くに男性的な風貌を見せる男体山が在る。再奥の古武屋敷という部落付近より見上げるその大岩壁は見る者を圧倒せずにはいられない。その稜線には更に入道岩、鷹取岩など南画的な景色が続いている。
 
男体山の北面には深い切れ込みを持つ龍神峡が今なを神秘の姿を残している。現在は龍神ダムの完成により下流の景観には見るべきものもないが亀が淵より上流にはまだ未開拓の部分を残し自然の創りえた芸術とはいえ、その幽粋な谷の趣は他に類を見ない。
 海に面する多賀山脈では
高鈴山がある。眺めも良く太平洋の潮風を身に受けるほど海岸線に近く、日立市民の憩いの山となっている。岩登りの練習場ともなっている御岩山からの登山道を玉簾の滝に出るコースは面白い。
 花貫川上流にある土岳は一面芝生に覆われた高原状の山で、近年新しいルートが開け短時間で山頂を踏める様になった。その奥には
堅破山(たつわれさんと読む)がある。奇岩怪石が山中に多く、その中でも太刃割石は一見の価値がある。山頂近くには黒前神社が鎮座し茨城百景の碑がある。車で登山口まで行き手軽に登れる山である。
 石楠花で有名な
花園山は麓に猿ヶ城の深渓を擁し、七つ滝に沿って急斜面を木の根に掴まりつつ一汗覚けば祠のあるピークに着く。花崗岩の累積した頂からの眺めは樹木に遮られてあまり期待できないが、如何にも山の深さを感じさせてくれるものがある。以前見られた石楠花の群生は今はなく、神社の境内に僅かにその美しい花を見せるのみである。
 花園川の下流、茅葺きの風雅な古寺、浄蓮寺の裏に小規模ながら美しい渓相を成す
浄蓮寺渓谷がある。静けさの中落ち行く滝の音だけが辺りをこだまする。上流には更に美しい小滝が懸かり蒼く澱む瀞には山魚が群をなしている。瀑布といえば天竜川の下滝や、西金砂山の安龍ケ滝、など忘れられている県内の名瀑も結構あるので探ってみるのも楽しい。 また湯沢温泉の奥、籠岩山の直下にある荒々しい浸食された谷、湯沢源流を遡行するのも沢歩きの好きな者にとっては興味深い。
 奥久慈の山ではもう一つ不遇な山として
鍋足山がある。岩松が自生している岩肌には名もない小滝が懸かり絶壁をなし、道が不明瞭な為歩くには充分注意を要する。猪ノ鼻峠までの山稜歩きが容易くなれば訪ねるのに良いコースである。
 常磐線の車窓から西側には、常に優美な山容を誇る
難台山が見え登高欲をそそる。しかし山頂は雑木が密生していて眺望はなく尾根伝いに吾国山まで足を延ばせば、其処には遠く日光、那須そして阿武隈の山並みを一望に出来る歓びがあり疲れを忘れさせてくれる。
 筑波山塊では
加波山が岩屑の多い姿を残している。山頂には本宮があり神霊の山として古来から山岳信仰に依る登山者も多い。足尾山を経て筑波山まで縦走すれば満足のゆく山旅となろう。
 最後に名山と云うに相応しい
筑波山を記する事にする。標高876米の頂からの風光は抜群で、俗に関東八州を見渡すことが出来るといわれ交通利便のため今でもその人気は高い。
 以上、ふるさとの山と渓には、山低きなれど又渓浅きとも各々豊かな個性があり、素晴らしい演出をしているのである。その良さを私なりにあえて選んでみたのである。

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